0で除算しました。

過去を捨て、次へ行く。

兄の事

[tex: ]

顛末記

9月に書いた2つの記事を、1つにして書き直す。

兄の手術

兄が目の不調を訴え始めたのが6月。

緑内障で眼圧が上がった所に、感染症を起こして大変なことになってきた。そして兄は実家で母の介護をしていたが、限界を迎えた。

結局、兄の主治医の息子さんが、大学病院勤務なため、色々話し合って大学病院で手街をする事になった。仕事は病欠、母を施設預り。

俺は仕事を休んで兄の世話をする事になった。まず8月中句に1週休み、田舎入りの後入院手続き。少し家に戻ってから8月下旬にまた休みで手術立ち会い退院まで。

俺の家は嫁と2人暮らし。兄の住む実家へは車で400km弱。病院はその途中にあり、実家から40km戻った所。手術は無事終わり、2週問位して兄は復職する。そんな予定だった。

手術は成功したが・・・

5日、6日と俺は仕事をし、6日金曜日のことだ。勤務時間中に兄から俺の携帯に電話がかかることはしょっちゅうで、対応は慣れていた。だが、昼に2回、帰りの地下鉄のホームで1回。1日に3回も電話があることは初めてだったので、違和感を感じた。

3回目の電話で「困った。生活が立ちいかなくなった...」と兄はこぼした。どうも飯が食べられないらしい。俺は、退院後で少し不安になっていることしか分からず、電車に乗るところだ、と言うと「また明日電話する」と言ってその場は終わった。

翌日の土曜日も、朝・昼と2回電話があった。兄は相変わらず、昨日と同じことを言うだけだ。俺は不審がって「そちら(実家)に行こうか?」というのだが、兄は「いや、大丈夫」と言うだけ。やっぱりおかしいよなこれ。

実家へとんぼ帰り

そして、俺が自分のメンタル治療を終えた帰り、兄から3回目の電話。「やっぱり、もうだめだ。どうしようもなくなった」「頼む、来てくれ」というので、俺は早速その日の夜行バスの座席をネット予約し、実家へ向かった。 

強制入院

ここから先が筆舌につくし難い。日に日に兄の言動がおかしくなっていく・・・兄の主治医と、世話になっている市の保健士さんが、懸命に話を聞くが、...(この間の話はあとで書く) 結果的に、抵抗する兄をワゴン車に押し込め精神病院に強制入院させた。

現在

今では、とっくに退院してきているものの、抑うつ状態で社会復帰できない状態が続いている。1~2週に一回、大体兄の方から電話があるが、車でコンビニ飯を買いに行くのがやっとという。一人暮らしで近くに親類も友人もいない。

母は施設で入所期限の3ヵ月を迎えてしまった。今回は無理を言って裏技で延長をお願いできたが、その次...来年の頭だ。今更ながら、実家から逃げた自分の罪深さにおののく。覚悟を決めなければならない。

2~3週おきに、電話はするようにしている。